武道として聖士會館空手の殺法を考える.gif (5069 バイト)

 

 

 武道として空手を考えると、矢張り聖士會館空手道は一撃必殺を狙った考え方だと思います。拳や、肘、前足底、足背、臑等を鍛え、鉄人の様な肉体を目指します。比較的懐の深い構えから、突きや蹴りを放ち、相手を倒すと言う方法です。突きや、振り打ち、蹴り技は其の機に於いて多彩です。スピードを基本として比較的突き技や蹴り技は小振りで腰が入って居り、壺への攻撃を主に考えます。交差法を多様するのは、小さな力で大きな結果を生む為です。又、構えは利き手を前にして構えますが、此は一撃必殺を狙うからです。実戦では命を捨てる心構えが出来たら必ず勝てます。

 スポーツ空手を考察すると、最近のムエタイ等の影響で、直突き、振り突き、振り上げ突き等の連続突き、蹴りは足背や臑等を鍛えて回し蹴り等を多用する。突き技はボクシング、蹴り技はムエタイと言う感じの蹴り技は大振りと言うのが特徴です。此はスポーツの中でルールを決めて其の中で発達した技だと言えます。

 武道とスポーツの違いは、生活の中を主に置くか、ルールの中で競技を目指すかの違いだと思われます。此は其の人の人生の中での目標や趣味の違いですから、どれが良いかと言う問題では有りません。

 我が聖士會館は空手を武道として捉えて居ますから、あくまでも一撃必殺を狙うと言う技を追求して行く事に成ります。対戦したら必ず勝つというのが武道の気構えです。それも交わった瞬間にケリが付くという様な戦い方を追求します。武道では、生活の中でどんな時でも戦闘態勢に入れるという気構えが大切で、其れは、隙の無い心構えでも有ります。人間の身体は有る角度から攻撃されると脆い。其の反対に有る角度の組み合わせの構えをすると、動き易いし、攻撃に対して裁き易く、受けは其の力を分散して身体への影響は少無い。又、有る構えからの攻撃は破壊力が非常に加速する。理想な構えと攻撃を考えると、こぢんまりとした構え(陽性)は隙が無く、其れから発するこぢんまりとした攻撃技は無駄が無く大きな破壊力が生まれます。

 打撃(突き、蹴り)、受けに加えて、捌き、抜き、掛け、崩し、投げ、逆、固め、極める。又、武器の使用も武道としては必需品と考えて居ます。又、怪我や病気等に対する手当法等も自ずから発達します。そして、押忍の心(武道教育)は武士道の教育の一環です。

 殺法とは何時も前面に出している訳では無く、平素は鞘に入った刀の様に中身は見え無い。全く殺気立って居ない物静かな中に秘めいる非活性な戦闘能力です。剣を抜いたら生か死を選ぶ事で有り、抜いた剣に責任を持つのが武士道です。苦しくて倒れて仕舞っても立ち上がらなければ成らない時が人生には有ります。武道ではそんな不屈の精神を養います。

 平和な生活には殺法は物陰も見え無い・・・・・・空手とは何も持た無い手の事で有る様に・・・・・・武道空手で有る聖士會館はそんな空手で有りたい。

 物静かな武道家の中に秘めた殺法を目指して・・・・・・

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